腕の激痛がとれた喜び(会社役員49才)
二年前の四月一日の昼下がり、道端に立ち止まっていた私は、突っ込むように走って きた一台の車にはね飛ばされた。 すぐに近くの救急病院で診察を受けたのであるが、さしたる外傷もなく、通り一遍の 検査の後、「たいしたことはない」と打撲部分に湿布をして返されたのである。 ところが、二週間ほど経つと、上腕部に激烈な痛みが起きて倒れ、先の救急病院に再 び担ぎこまれ、そのまま入院することになった。
改めていろいろな検査はしたものの医師のなすすべもなく、ただ痛み止めの注射と大 量ののみ薬を与えられて、注射の効いている間はトロトロしている状態でいつしか二 週間もたっていた。ひどくなる一方の痛みに左手の痺れが加わり、薬の副作用としか 考えられない顔のむくみに、思い余って自宅に近い大学付属病院に転院したのであ る。
ここまでは、「頚椎挫傷、上腕症候群」と名づけられたものの、ひどい痛みに変化は 泣く、首を吊るような傾斜ベッドでの牽引と、一日三回何種類もの薬、そして痛み止 めの注射で眠るといった入院生活が二ヶ月余り続いた。 その頃、病院の先生には手術しか方法がないといわれながら、同様なケースでありな がら手術後の経過の良くない患者を見て決断を下せないでいた私は、病院の先生には 申し訳ないが、新薬は全部捨てて、漢方薬を飲みだしたのである。
ちょうどそんな時―激痛が始まって三ヶ月も経っていたであろうか―アメリカ人の友 人が見舞いに来て「アメリカにはカイロプラクティックがあり、君のような病気には 絶対いい。そちらにもいるだろうから是非行くと良い」と熱心に勧めてくれた。
藁をも掴みたいというのはあのような気持ちだろう。思い切って退院し、カイロプラ クティックの先生を訪ねてみた。 顎受けのついたコルセットで首を保護しながらいつの間にか腰から上が斜めになって しまった体で、ソロソロと歩きながら胸の中ではじめて出会うカイロプラクティック に対する期待と不安でいっぱいであった。
「頚椎の4.5番が腕に行く神経を圧迫していますね」自信に満ちた先生の言葉。 「痺れが完全に取れるまでには少し時間がかかりますが痛みはそんなに長くかかりま せん。安心してください」と言われて受けた初めてのカイロプラクティックの治療 は、一度で私の気持ちを捉えるだけのものがあった。 人間のあらゆる活動を指令する脊髄神経を保護する背骨を正常な状態にすることによ り病気をなおすカイロプラクティックの話を聞くうち、私は痛む体をおまかせする気 持ちになった。
二度三度……と治療に通いだして先ず家内が「姿勢が見違えるほどよくなった」と驚 いていたのである。斜めに傾いていた上体がまっすぐにのびて、左前方にねじれる感 じで歪んでいた首が、スッとまっすぐな背骨の上にある。−これは健康な人の自然な 姿勢なのだが。―私の体はいつの間にか正常な姿勢になっているではないか。そして 油汗を流しながら耐えていたあの痛みは治療を重ねるにつれ確実に薄らぎ、やがて痛 みを忘れている時間のほうが多くなっていた。
今、ようやく長い苦しい痛みとの戦いは終わろうとしている。四十数年間健康である にまかせて自分の体を顧みることなく、相当な激務の中で過ごしてきた私であった が、不幸な事故によってカイロプラクティックに出会い、今では感謝している。痛み を取り去ってもらっただけでなく、長年背骨に蓄積されていた疲労もとり去っても らったのである。
本文は個人の感想です。カイロプラクティック(整体)の効果は個人により違いがあります。